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休眠の昆虫学 季節適応の謎 【生物学】【読書メモ】

Posted on: 6月 3, 2009

 

原題:休眠の昆虫学 季節適応の謎
著者:田中誠二・檜垣守男・小滝豊美編著
出版:東海大学出版会
2004, 初版

休眠の生態的意義

多くの動物が環境が一時的に生育に不適になったとき、代謝を落としてエネルギーの消費を抑えることでその期間を乗り切る能力を持つ。哺乳類ではリスやクマの冬眠が有名だが、同様に昆虫も休眠を行う。本書は昆虫の休眠能力とそれを利用した季節への適応能力について、進化生物学・生理学・遺伝学など様々な角度からの研究を紹介した論文集である。

 

第1部と第2部は休眠の適応的意義について

温帯に生息する昆虫は季節適応の結果として休眠を行うと考えられる。温帯は長い冬があり、四季に応じて植物の生育状況など利用可能な資源も大きく変化する。そのため、特に変温動物である昆虫は休眠を利用して冬の寒さを乗り切る。

しかしながら、元を辿れば必ずしも休眠能力と季節適応はセットになっていたわけではない、という事例が示される。正木さんはマダラスズとシバスズというコオロギの仲間の種間比較を通じて、季節変化のほとんどない熱帯地域でも卵の孵化遅延が見られることを紹介している、この事から休眠の元の適応的意義は発育のタイミングをずらすことによるリスクヘッジであり、温帯へ進出する過程で季節を把握する光周期と結びついたのではないかと推論を行っている。

また、石原さんはヤナギルリハムシ(Plagiodera versicolora)の研究で、休眠率と光周反応の両方に大きな集団内変異があることを報告している。集団内の変異は進化するための材料である、またそうした大きな変異自体が異なる環境への適応の結果である可能性がある(分断化選択や頻度依存選択など)。それを明らかにするため、ブルード単位での解析を行っている。

この研究は特に集団変異を扱っていることや反応規準(reaction norm)やブルード×環境の相互作用など、自分が修士で行ったメダカの研究と着目するポイントがよく似ていた。しかしながら、気になった点が一つ。どのような条件で休眠が起こるか、という事の詳細な分析に紙面が割かれる一方、ヒメギス類の生活史を丁寧に検証した檜垣さんの研究をのぞいて、死亡率や繁殖成功といった適応度の指標が示されないまま(引用文献で詳細があるかもしれないが)、議論が進められているように見える章も幾つかあり、至近的なメカニズムの緻密な解析が行われているだけに、適応の議論としては精彩さを欠く印象を受けた。

 

休眠を達成する至近要因

ここで最も衝撃的な話は、渡辺による乾燥休眠を行うネムリユスリカ(Polypedium vanderplanki)の話である。乾燥休眠を行う動物で最も有名なのはクマムシだが、実は熱帯魚の餌としてもよく利用されるArtemia salinaの卵やカビの胞子など、多くの動植物で見られる現象らしい。乾燥休眠の化学的メカニズムはどの種でも共通しており、体内の水分のほとんどをトレハロースという糖類に置換することで細胞膜やタンパク質の構造を保持することにある。その結果、103℃の熱なら1分間、-190℃の液体空気に77時間、100%エタノールに2日間浸漬しても蘇生可能な耐久能力を得ることができる。

他には、耐寒性を決める重要な要素である凍結温度を決定するのが、体組織の組成物ではなく消化管内容物であり、その有無によって凍結温度が10℃近く変化するという田中さんによるオオヒメグモ(Achaearanea tepidariorum)の研究やショウジョウバエの熱ショックタンパク質(heat-shock protein, Hsp)の発現量を調査した後藤さんの研究などが紹介されている。Hspは高温ストレスだけでなく低温ストレスに対する耐性にも関わっているらしい。

温帯の魚と熱帯の魚を飼育して思うのは特にメダカが顕著だが、温帯のメダカ(Oryzias latipes)は熱帯の同属他種に比べて低温だけでなく、高温・pH・化学物質の濃度(アンモニアや亜硝酸など)といった諸々のストレスに対する耐性が高いように感じる。こうした幅広い環境に適応できる能力は、温帯の環境がそれだけ変動が大きいことに対する適応なのだろうか、それとも低温耐性を獲得する過程で副産物として得られたものなのだろうか。

 

休眠の時期を決める光周期

人間は時計とカレンダーを使って主に時間を管理しているが、それらを持たない昆虫にとって安定して時間を測定できるものは、季節によって明暗の長さが周期的に変化する太陽の光である。また光周期を測るための生理的メカニズムとして、概日時計と砂時計のモデルが提案されているという。 昆虫の研究に関する書籍を読んで驚かされるのは、以前に新書『昆虫――驚異の微小脳』という本を読んだときも感じたが、生理的メカニズムに対する解析が極めて精緻で厳密な検証を行っている点である。

 


著者:水波誠

 

前掲書では、複眼から入力された光がどのように神経で情報処理されているかを紹介していた。昆虫がロボット工学のモデルとして扱われる理由の一つは、ここにあるのだろう。情報処理の流れが解析できれば、それをプログラム化して再現することができる。以前に、ゴキブリの行動をプログラム化してモニタ上の図形でゴキブリそっくりの動きを再現した研究があるという話を聞いたことがある。逆にそうしたロボティクスへの応用を目的として昆虫の研究を行っている人というのも、まだ会ったことはないがいるのかもしれない。

全体の感想としては、休眠による季節適応という昆虫の戦略の大枠を知ることができた。自分が研究した魚の場合には無視できた凍結の危険性など、生息環境の違いによるリスクの違いを知ることができたのは興味深い。ところで、魚で休眠を研究した事例というのはあるだろうかと読みながら考えていた。卵生メダカには休眠卵を作るものがいるが、それ以外で魚の休眠というのはあまり聞かない。しかし、ギギやドンコといった魚を数年間に渡って飼育観察していると、温度環境に応じて休眠を行っているような節もある。また、季節適応という観点からは体サイズの成長について思うのだが、魚の成長は生存中コンスタントに成長していくというより、春先から夏にかけて水温が上がる時期に集中して成長している印象がある。多くの動物で利用される化学的な代謝機構には共通部分が多いので、脊椎動物でも昆虫で見られるような休眠能力や季節適応が存在する可能性は十分にあるのではないだろうか。

 

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