カサゴ目の単系統性は疑問? 魚の形を考える【読書メモ】
Posted 8月 6, 2009
on:珍しく日本人の書いた生物学の本を読んだ
魚の形を考える
編著者 松浦啓一
出版社 東海大学出版会
刊行 2005/08/20, 初版
- 魚類化石の形態
- コイ科咽頭歯の系統発生
- カレイ目の左右不相称性
- カサゴ目の系統分類
- 顎の伸展をもたらす形態と生理
- 生活史と変態
- タンガニイカ湖産シクリッドの分岐分類
上記のように魚の形というテーマに沿って、様々な議論が展開される。以前に紹介した休眠の昆虫学同様に、複数の著者が書いたものを編集してまとめた本。
血縁なのか、他人の空似か、それが問題だ
今回は特に興味深かった「形から考えるカサゴ目の単系統性 (北大総合博物館、今村央)」の内容について紹介したいと思う。分類の研究は生物学の専門外の人から見ると、標本をいじり回して分類の箱に収めておしまい、という無味乾燥で退屈なラベル貼りに見えるだろう。
自分も大学で分類学について学ぶまでは、そうした印象だった。今は考えが変わったけど。
分類の一番面白いところは、整理するための「箱」を考えることにある。
例えば、ヒトとチンパンジーは外見的に体毛のある/なしで明らかに区別できる。では同様に体毛のないクジラとヒトは、チンパンジー以上に似たグループだろうか? そもそも似ている、とは何だろう。生物学でその評価基準として重要視されるのは共有する祖先を持つ、という祖先にもとづく類縁関係にある。クジラとヒトの体毛がない、という類似はあくまで他人の空似であって、共有する祖先に体毛がなかったから、ではない。
今回、話題にとなっているカサゴ目というのは1000種以上の種類を要する大きな分類群だ。
体側の模様が美しい、アヤカジカ
背鰭に毒腺を持つハオコゼ Hypodytes rubripinnis
しかし、どうもこの分類群は一まとまりの大家族ではなく、他人のそら似が多く紛れ込んでいるらしい。自分も卒業研究でこれらの魚を少し扱ったが、鱗がなくカエルのような皮膚のカジカから、甲冑のような外見のミノカサゴまで形態の多様性がいちじるしい。同じグループで一つにくくってしまえるのか、疑問を覚えたことがある。
今村さんはカサゴ目を2つのグループに分けることを提唱した。
- カサゴ亜目とコチ亜目を含むカサゴ群(釣魚として有名なカサゴやメバルがいる)
- アイナメ科やカジカ亜目、クサウオ亜目といったグループをまとめたカジカ群
それぞれの群内では、頭部の骨の形態など共通する形質が多く観察されたことから、単系統性(=共通の祖先を持つこと)が確認された。一方で、二つの群の間に共通する項目は、頭部の眼下骨棚だけだったことから2つの群は他人の空似である可能性が高い。
では、カサゴ目というまとまりがなくなった場合、どこのグループと近縁なのだろうか。
(タマカイ Epinephelus lanceolatus)
カサゴ群の魚類はスズキ目に分類されるハタ科の魚類(写真 下)と近縁ではないかという今村さんの主張は正しいのだろうか、これについては今後の続報に期待したい。
コチ亜目のメゴチの一種、底性に適した扁平な頭部が特徴
DNA判定できる時代に、形で区別は時代遅れだろうか?
形態を比較する分類よりも最近では、DNAの塩基配列を比較する分子系統解析が一般的に行われるようになってきた。あらゆる生物をDNAバーコーディングして分類に役立てようという話もある。例えば、古代魚の系統解析を行った井上さんの研究や別の科とみなされていた深海魚が実は同種の雌雄だった事例など、DNAによる解析は形態的に全く異なる種間の系統関係や標本がほとんど得られない生物の近縁を調べるのに適している。
形態による分類は一見すると、こうした分子解析に比べて観察者の主観に依存する曖昧さが残るように見えるかもしれない。しかし、DNAの解析においてさえ、どのような遺伝子や塩基配列に着目するかといった点で、主観を完全に排除することは難しい。
そもそも科学研究において、主観的なものは必ずしも排除すべきものとは限らない。重要なのは、そうした主観によってもたらされた結論を、他の研究者がデータから同様に導くことができるかという、再現性の有無がより重要なのである。また応用的な側面になるが、生態学的な野外調査においてはDNAを解析する設備・時間の余裕がない場合も多い。そうした時、目で見て判断できる形態による分類は必要不可欠なものとなる。
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