水槽と家具

twitterの全ログ保存は現代のバベルの図書館か?

Posted on: 4月 21, 2010


The Library of Congress / hmerinomx

クリエイティブ・コモンズ 表示 3.0

米国議会図書館が、twitterでの「公開」された全ログをアーカイブすることを発表した。Wired Visionの「米国議会図書館は、なぜTwitterの全ログを保存するのか」に詳しい説明が書かれている。

今回の話を持ち込んだのはTwitterのほうだった。Anderson氏ら議会図書館の職員は、いくつかの条件付きでTwitterデータを収蔵することに合意した。

その条件とは、検索エンジンへの公開は行なわない、単一ファイルの形では公開せず、許可された研究者にのみセットで提供する、といったものだ。

現代の風俗などを記録する史料としての価値をtwitterに認めたということだ。

その一方で、こうした発言がアーカイブされて永久に保存されることを(あるいはその可能性を)意識してネットで活動している人はどれだけいるだろう? twitterのように明確に保存が打ち出される前から、インターネット上の個人的な活動は検索の記録から閲覧したページまで、すべてが保存可能だ。アメリカでは犯罪者捜査にGoogleが協力した事例もある

現代的なプライバシーの概念は、私的な情報の公開/非公開を決める権利から構成される。例えば、個人情報保護法は、「個人を特定できる情報」の公開範囲を本人が決定できるものとして扱っている。ただ、こうした概念はあくまで、web以前の感覚を引きずった対処療法のように感じる。というのも情報を管理する主体(≒個人)は、それが実際に存在するのか自分にとっては疑わしいからだ。もちろん、個人の人格や記憶の連続性を否定しようという意味ではない。

自分が言いたいのは、twitter に垂れ流したすべてのtweet に対して、それを行った明確な意図を説明することができるか? 自分自身の発言や行動を人間はすべて「管理」しているか? という疑問だ。我々は、そんな厳密に自己を制御してはいない。権利を行使する主体として相応しいと思えない。webを閲覧し、発言を残していくことは、生物として存在する自身のコピーをwebに投影することだ。ボルヘスの「バベルの図書館」には個人の人生について記された書物さえ存在することが示唆されるが、我々のtweet はまさにwebというバベルの図書館にせっせと本を作ることに他ならない。だが、そうやって作られたコピーは「我々自身」ではないのだ。

検索エンジンの精度が増し、ソーシャルなサービスと記録のアーカイブがより一般化していくこれからの時代、すべての記録が可能なweb上での「人間関係」の比重はもっと重要なものになる。日本でもようやくネット選挙が解禁されるわけだし。webの未来は仮想現実(VR)ではなく、拡張現実(AR)にあるのだ。

それに伴ってプライバシーの考え方も変化するだろう。人間関係の認識すら変化するかもしれない。でも、今はまだ先は見えない。だから、「今」を記録しておくことに意義がある、振り返ってみて初めて気付く変化も多いのだから。

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