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社会における3つの正義の在り方、『これからの「正義」の話をしよう』 【読書メモ】【経済】

Posted on: 9月 25, 2010

原題:Justice – What’s the right thing to do?
邦題:これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学
著者:Michael J. Sandel
訳者:鬼澤 忍
出版:早川書房, 2010/08/24 57版

まだまだ未消化の部分もあるけど、とりあえず自分用にまとめ。
サンデルは本書の中で、社会に正義をもたらすための3つのアプローチを紹介する。

  • ベンサムによる功利主義的アプローチ

最初に検討されるのは、ベンサムミルの功利主義。最大多数の最大幸福をもたらす行為こそが善であり、政治における指標とされるべきだというもの。単純であるがゆえに強力な判断基準だが、欠点も大きい。効用が快楽と苦痛の足し合わせであるからには、苦痛を感じるのが少数派であれば、それを無視しても構わないという判断をまねきかねない。

  • カントによる普遍道徳的アプローチ

功利主義を否定したカントの立場はおもに二つの点から議論される。1つめは、「あなた」や「わたし」といった主格を抜いた上でも、つまり誰が、どこで、どのような状況で行うかという点を度外視しても、やるべきことだと一般化できる行為こそが、真に道徳的な正しい行為であるという。2つめは、人格それ自体が目的であり、他者の人格を手段として扱ってはならない、ということである。

  • アリストテレスによる目的論的アプローチ

3つめのアプローチは、コミュニタリアン(共同体主義者)と呼ばれるサンデル自身の立場に近い。行為をおこなう人間の適性が、目的と合致していることこそが、善であり、正しい行動であるというものだ。これらの目的は社会と個人との関係性によって形成されるものであり、個人が完全に自由に選択できるわけではない、という点でカントの道徳論とは大きく異なる。

 

適応主義の進化生物学者である自分の観点からすると、功利主義が一番しっくり来るけど他の二つも何か適応主義の観点から意味付けできそうな気がする。

カントのいう普遍道徳の必要条件である、どこでも誰でもどんな状況でも成立する行動原則ってのは、言い換えると人間の社会における普遍的に採用しなければいけない戦略を模索していると言える、概念的にはハミルトンの打ち負かされない戦略とかESS(進化的に安定な戦略)と同様のことを言ってるんじゃなかろうかと妄想した。これまで、カントはまともに読んだことなかったのでこれを機会に読んでみようかな。サンデルの書いてる内容も、かなり端折ってるぽいし。ただ、カントの著作ってすげー用語が難解だから、読みやすい解説書が欲しい・・・・・

目的論的なアプローチは、もっと適応進化に近い発想だと思う。適応度の大小を定める環境が定義されない限り適応は生じない。
そうした環境というのは、単純な物理的環境に留まらない、周囲の他者がどのように振舞うかも含まれるし、人間のように学習が重要な要素を占める動物では、これまで自分がどのように行動したかといったことさえ無視できない。これらの環境変数によって規定される適応度の地形があるため、人間は、社会的な文脈を完全に無視して自分の選択をおこなうことはできない、という至極あたりまえの話。ただ、当然のこの議論の観点が近代的な政治哲学の議論から抜けてたんじゃない? というのがサンデルの言わんとするところらしい。

久しぶりに哲学についての本を読んだけど、面白かった。考えさせられることも多かったけど、それでも私はやっぱり功利主義者だな。と実感させられる内容でもあった。うむ

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