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オオカミ → イヌの家畜化をキツネで再現する【生物学】

Posted on: 7月 13, 2011


British Wildlife Centre / Martin Pettitt
クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1

1950年代にロシアの遺伝学者、ベリヤエフはオオカミがイヌに家畜化される際に起こったと考えられる遺伝的変化を再現するための進化実験を計画した。人が近づいてもおびえず、攻撃的な行動を示さない個体を選抜することが、オオカミとヒトの共同生活を始める最初のステップだったろう。
そこで、人に馴れやすいキツネを選択交配することで、どういった変化がキツネに生じるか、数十年かけて何世代もの交配をかさねて経過を観察したのだ。

この結果はドーキンスの『進化の存在証明』でも取り上げられ詳しく解説されたが、簡潔なカラパイアの記事が参考になる(「従順なキツネ」を求め交配を続けた結果、キツネが犬化(ロシア))。この実験が非常に興味深いのは、人に対して馴れやすい、という行動をターゲットにした選抜が行動だけでなく、形態の変化も同時にもたらすという点である。カラパイアの記事から引用すると、

キツネたちの体格は小さくなり、よく遊ぶようになり、尻尾を振り、犬のように吠え、そして毛の色に変化が現れたとのこと。中には青い目をしたキツネも生まれたという。

このような形態の変化は、オオカミとイヌとの間に見られる形態的な違いとも一致しているだけでなく、多くの家畜化された哺乳類に共通する現象でもある(1)。


家畜化されたキツネを描いた図、 (1)より引用

上の図でも明らかなように、家畜化されたキツネには野生個体には見られない黒い毛が現れる、この黒い色はメラニンの蓄積によるものだ。メラニンの前駆体であるアミノ酸のチロシンは、ドーパミンや攻撃衝動をもたらすアドレナリンといった神経伝達物質の合成にも使われる。この事から、 行動をコントロールする化学物質の発現量や代謝経路の変化が、メラニンを副次的に増やし、黒い毛色を生じさせたと考えられている。

この チロシン-メラニン代謝経路の仮説は非常に説得力があるように聞こえるのだが、誰が最初に提唱したのかは判然としない。
少なくとも自分が調べた限り、ベリヤエフ達のグループがそうした仮説を主張した形跡はない。生化学的な研究として Trut が、ストレスホルモンのコルチゾルの濃度の違いを紹介しているが(2)、これはステロイドホルモンで、チロシンとは化学的に組成が異なる。

キツネについてこの代謝経路仮説を調べた研究として、アメリカの研究グループが、1970年にこの仮説を検証した論文を書いている(3)。この論文のイントロで既にラットやミンクの事例を挙げて、チロシン-メラニンの代謝経路仮説について触れているので、最初に提唱されたのはもっと時代を遡ることになるのだろう。肝心の内容だが、毛皮の色が異なるいくつかの品種について、人間からの逃避距離と体内の化学物質の濃度に関係があるか調べているが、クリアな結果は得られてない。

チロシン-メラニン代謝経路の仮説を実証的に示した研究はあるのだろうか、また最初の提唱者は誰なのだろう、時間のあるときにもう少し詳しく調べておきたい。

まとめ

警戒性や攻撃衝動のような行動に対する淘汰が、体色の変化をも同時にもたらしたというベリヤエフの実験結果は、環境-行動-形態の間にフィードバックループが存在することを示唆している。

動物の多様な体色を説明するとき、隠蔽色のように直接の自然淘汰のターゲットになるものを除けば、性淘汰や種間の生殖隔離がメカニズムとして議論されることが多いと思う。しかし、行動など形態以外に対する淘汰圧が変化することで、体色の変異も副次的に引き起こされるならば、近縁種間で極めて多様な体色や模様が見られるのは、体色や模様に対する何らかの淘汰によって多様化したのではなく、単に化学経路の微細な多様さを反映しただけかもしれない。

引用文献

  1. Trut L.N. 1999. Early Canid domestication: The Farm Fox Experiment. American Scientist. 87: 160-169.
  2. Ruvinsky A., Sampson J. 2001. The genetics of the dog. CABI Publishing Series. p.23
  3. Keeler C et al. 1970. Melanin, Adrenalin and the Legacy of Fear. The Journal of Heredity. 70: 81-88.

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2件のフィードバック to "オオカミ → イヌの家畜化をキツネで再現する【生物学】"

体色と「人に馴れやすさ」の関係で言えば、猫にも同じことが言えるみたいよー
経験論でしかないけど、黒い部分が多い猫ほど馴れやすいんだって
ゆべしもかなり黒めなのに、まだチロシンが余ってるみたいで攻撃衝動がものすごいですorz
ママンは野良の黒猫で、うちに餌もらいに寄って来るほどだったのにね…

アドレナリンやメラニンの話は少なくとも哺乳類(おそらく脊椎動物全体でも)共通してる代謝経路なので、この話が本当ならば、猫でも同じパターンが見られると思います。

ただ、馴れやすさも体色の黒さも量的形質なので、2つの形質の間の相関の強さ次第で、パターンから外れたように見える個体も出てくるでしょう。

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