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3月27日に、つくば進化生態セミナーへまたお邪魔してきました。

今回のお題は、東大の土松隆志さんによる
シロイヌナズナ属の自家不和合性崩壊における突然変異のパターンを探る


Arabidopsis mutants / Ego Sum Daniel

クリエイティブ・コモンズ 表示 3.0

お話の内容をざっくりまとめてみた。

自家受粉 vs 他家受粉

普通の花にはおしべとめしべがあるが、植物の中には自分の花粉では種子を作れない花をつけるものがある、身近な植物ではナスやリンゴ、ダイコンなどが、こうした自家不和合性という性質を持つ。しかし、いろいろな種を比較してみると自家不和合性を示す系統の中から、自家和合性を持つ種が何度も進化したらしい。土松さんが研究対象にするアブラナ科のシロイヌナズナArabidopsis thaliana)もそうした自家和合を進化させた種で、近縁種にあたるハクサンハタザオは自家不和合性をもつ。

シロイヌナズナは進化の過程で、自家不和合性を維持するメカニズムを失ったと考えられる。それは、どのような遺伝子の変化によるもので、どんな生態的要因があったのだろうか?

自家不和合性の遺伝的背景

アブラナ科で自家不和合性をもたらす遺伝的メカニズムは知られており、花粉側で働くSCRと、柱頭側で働くSRKという遺伝子の組み合わせによって決まる。もし、SCRとSRKが同じタイプだったら受粉しない。この部位には、40以上の異なる遺伝子型が存在しているらしい。多くの遺伝子型が維持されるのは片方に新しいタイプが出るたび、他方が自家不和合を維持するために追従する、というように塩基配列が多様化する方へ選択圧が働いたからだと思われる。

シロイヌナズナの様々な系統を調べてみると、ハクサンハタザオのSRKと全く同じ塩基配列を示す系統があることが分かった。自家不和合性が崩壊した至近的な要因は、花粉側で働くSCRに変異が起こったためらしい。

自家和合を促す生態的要因

自家不和合性が存在する理由は有性生殖がなぜ存在するのか? という疑問の別バージョンとみなすことができる。単為生殖が可能ならば、単純に考えれば個体数の増加は有性生殖と比べて2倍となる(男は子供を産まない!)。有性生殖は非常にコストの大きいシステムであるのにも関わらず、多細胞の動植物ではほとんど有性生殖が見られる。この説明は、wikiの有性生殖の「有性生殖のコストとパラドックス」の項が詳しい、「マラーのラチェット」や「赤の女王仮説」などが、その説明として挙げられる。究極的には遺伝子を組み換えることで、自殖による近交弱勢を防ぐことが有性生殖を行う理由だと考えられている。

だから、シロイヌナズナで自家和合が進化したということは逆に、近交弱勢によるデメリットが何らかの生態的要因によって打ち消されたか、自家和合性による繁殖のメリットの方が大きくなったからに他ならない。そうした要因として土松さんが挙げたのは、1. 分布の辺縁部での近交弱勢の相対的な低下、2. 交配相手やポリネーターの減少に対する繁殖保証、である。

これらをパラメータとして取り込んだシミュレーションからも自家和合性が集団に広がる速度に影響を与えることが支持された。より現実的なシナリオとしては、氷河期に退避していた個体群がヨーロッパ全域に生息地を拡大させていく過程において前述の生態的要因が働いた結果、自家和合遺伝子が適応的になったのではないか、ということらしい。

個人的な感想としては自殖/他殖のどっちの戦略が有利になるか、というこの議論は、地域個体群間で性淘汰による生殖隔離が進化するときと似た印象を受けた。自家不和合性は「自分と似たタイプ」との繁殖が適応度の減少をもたらすので、それを避ける「選り好み」が進化するという話だけど、生殖隔離は「自分と違うタイプ」との交雑が適応度の減少をもたらすので、選り好みが進化するという構造なので、ベクトルは真逆だけど構造は一緒なんじゃろうと思った。

それと、地理的分布の辺縁部では遺伝子流動が制限されることによって近交弱勢が低下するという話も面白い。生物の地理的変異の議論で、遺伝子流動まで抑えて研究してる例は少ないけど、メタ個体群的な流入・流出のパラメーターから実際の変異を解析できたら、面白そう。

20100526追記:

土松さんの研究に関するNature論文の記事が朝日新聞に載りました。ただ、内容的にぼみょーなまとめ方で、自分としては九大のY教授が書いた(シロイヌナズナはどうやって自家和合になったか?)の方がしっくり来ました。

朝日新聞の記事で気になったのは、論文の主著者である土松氏に一切の言及がなく、東北大やチューリッヒ大の教授の話ばかり引用していた点。研究の業績の栄誉は、常にfirst author にまず帰せられる、という科学界と一般社会の価値観の相違を感じました。

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